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株式会社 ビジネスサイエンティア

マネジメント ダイバーMANAGEMENT DIVER



【第06回】M&Aと知的財産の分解問題を管理するためのフレームワーク
-その1「サーブ自動車とボルボカーコーポレーションのケース比較」

Ove GranstrandとMarcus Holgersson1は、様々な文脈の中でますます重要な問題となっている知的財産(IP)の分解問題を扱っています。

知的財産の分解(IPD:intellectual property disassembly)の問題とは、取引、組織的譲渡、またはその解散(dissolution)を実現するために、企業、事業ユニット、プロジェクト実体(entity)、資源セット、または知的財産ユニットを、分離、分解を可能にする、知的財産権(IPRs)とライセンスの配分のための契約上の協約(contractual arrangement)を見つける問題として定義しています。

サーブ自動車とボルボカーコーポレーションの企業間取引のケース比較に基づいて、この問題を概念化、特徴付けをし、そして知的財産の分解問題を管理するためのフレームワークを開発しました。


Ove Granstrand is Professor in Industrial Management and Economics at Chalmers University of Technology, Sweden, and Visiting Professor at SIEPR/Stanford University, USA.
Marcus Holgersson is a postdoctoral researcher at the Department of Technology Management and Economics at Chalmers University of Technology, Sweden.

背景

知識は公共財(public goods)(非競合的かつ非排除的)の特性を持つ資源のタイプです。知識の創造、実装(implementation)、およびイノベーションのプロセスは、主に累積的に組み合わせられ、相互作用する複数の貢献者から複数の貢献が関係するので、新しい知識(例えば、新技術など)に関連する結果としての知的財産権は、一般的に異なった知的財産権の保有者に分配されます。

例えば、コマーシャル目的のために、複数の知的財産権の保有者が所有する知的財産権でカバーされた新製品やプロセスを導入するおよび/または生成するというような場合、その技術ユーザは、企業、事業ユニット、またはプロジェクト実体のためのFTO(freedom to operate )*1を確保するために、様々な所有者から必要な技術とそれに関連する知的財産権とライセンスの取得と統合の問題に直面します。これを知的財産組立問題(IP assembly problem)とします。

この問題は、経済学的には、「アンチコモンズの悲劇( tragedy of the anticommons )*2」(多すぎる排除権の保有者のために資源の利用不足に陥る)と言われるタイプであり、知識を十分に活用できないことにつながります。知的財産組立の問題は、技術と知的財産の取得(例えばM&A、組織統合、標準化活動、ライセンス体系、およびパテントプールなど)のための明示的または暗黙的な契約上の約定(取り決め)(implicit contractual arrangements)*3を介して管理することができます。

しかし、ここでは、この逆の性質の問題「知的財産分解問題」に焦点を当てます。現在、この問題を管理することが、ますます重要になってきています。

  • 知的財産組立問題
    企業、事業ユニット、またはプロジェクト実体のためのFTOを確保するために、様々な所有者から必要な技術とそれに関連する知的財産権とライセンスを取得、統合する問題
  • 知的財産分解問題
    取引、組織的譲渡、またはその解散を可能にするために、企業、事業ユニット、プロジェクト実体、資源セット、または知的財産ユニットを分離、分解を考慮に入れる知的財産権やライセンスの配分のために明示的または暗黙的な契約上の協約を見つける問題

この両方の経営の問題は、アンチコモンズ状況下で関連する権利や権利者の数によって、拡大されますが、管理者は、これらの問題に直面するかもしれないことに注意する必要があります。

知的財産分解プロセスは、以前の知的財産組立プロセスで作られた複雑なライセンスのクモの巣(license web)によって妨げられている可能性があり、知的財産組立の問題とより関連性を持つようになります。これは、企業間取引、あるいは無防備(naked)(具体性が取り除かれた(disembodied))の知的財産の取引、オープンイノベーションにおける知的財産と様々な他の知的財産分解の文脈に埋め込れた知的財産に対しても同じです。

知的財産組立/分解の問題への対処における市場と経営の失敗(market and management failures)*4は、イノベーションプロセスだけでなく、その後コーポレートコントロールを目的とした市場(market for corporate control)*5と知的財産コントロールを目的とした市場(market for IP control)を妨げます。


*1 FTO(Freedom to operate)
近年では、研究開発段階におけるリサーチツールに係る特許まで広げた調査が行われるようになっている。企業活動全般に及ぶ知財リスク発見・事業遂行の自由度確保のための調査・検証・監視業務であるから、FTOサーベイと呼ばれる。調査の結果明らかとなった第三者特許は、それを尊重し適正に使用できるように、あるいは、回避するように手当をしなければならない。FTOサーベイ市場に投入される商品のみならず、研究開発に用いる道具などについての第三者特許についても十分に調査検討がなされるようになったこと、それをFTOサーベイと呼ぶ。
(石川2より)

*2 アンチコモンズの悲劇(tragedy of the anticommonst)
(下記、「【参考】財産権の経済学」を参照。)

*3 暗黙の契約(implicit contract)
法的効力はないが、当事者間でお互いの行為を拘束し合っていると考える共通の理解
*4 市場の失敗(market failures)
市場が効率的な配分を実現できなくなること、その原因には、規模の経済、外部性、市場の欠落などが挙げられる
*5 コーポレート・コントロールを目的とした市場(market for corporate control)
証券市場での株式購入によって法人支配の変更ができること
(以上、ミルグロムら3より)


サーブ自動車とボルボカーコーポレーションのケース比較

2011年12月12日に、長年経営難だったスウェーデンの自動車メーカー、サーブ自動車は破産申請しました。 2008年初頭には、サーブの前の所有者、ゼネラル・モーターズ(GM)は既にサーブ自動車をシャットダウンするその意向を示していましたが、2010年初頭に、GMはオランダのスポーツカーメーカーのスパイカー・カーズ(Spyker Cars)にサーブ自動車を売却することに合意しました。 スパイカー・カーズはその後サーブ自動車の事業資金を調達するために資本を必要とし、提携のために中国の自動車メーカーのヤングマンに近づきました。 しかし、GMは中国市場での今後の競争をコントロールしたかったので、この取引は実現しませんでした。

最終的に破産のためのサーブ自動車のファイルを作った重要な交渉決裂の要因は、GMからスパイカー・カーズへのサーブの売却に関連する契約のチェンジオブコントロール条項(change of control clauses、資本拘束条項)における知的財産問題でした。サーブ自動車(または親企業)の所有権の変更の場合には、GMにその技術ライセンスを撤回するオプション(選択権)を与える、そしてそれによってサーブ自動車とその所有者の将来の資金調達と解約の機会を制限するというものでした。

一方のボルボは、 サーブ自動車本社からわずか100キロはのところに本社があります。 ボルボは、トラックや大型車両に集中するために1999年にフォード・モーター・カンパニー(Ford)へ乗用車事業ボルボカーコーポレーション(VCC)を売却しました。 その後、財務的に問題を抱えたフォードは、2010年に中国企業Geely Holding GroupにVCCを売却しました。 多数の知的財産の相互依存性をクリアされなければならなかった取引でした。
  Saab Automobile Volvo Car Corporation(VCC)
設立 1937年(1949年最初の車を生産) 1927年(1935年SKFからスピンアウト)
売上高
2010年
(2000年)
百万スウェーデンクローナ:6301(30453) 百万ドル:875(3,320) 百万スウェーデンクローナ:97626(92365) 百万ドル:13550(10071)
従業員数 2010年(2000年) 3208(9077) 13684(17219)
最初の売却 1990年/2000年にGMへ。 売り手企業(Saab-Scania)と売られる事業(Saab Automobile)の間に競争はない。 1999年にFordへ。 売り手企業(AB Volvo)と売られる事業(VCC)の間には競争はない。
2回目の売却 2010年にSpyker Carsへ。 売り手企業(GM)と売られる事業(Saab Automobile)は競争相手になった。 2010年にGeely Holding Groupへ。 売り手企業(Ford)と売られる事業(VCC)が競争相手になった。
2回目の売却時の重複する特許ポートフォリオの規模と取引構造 パテントファミリー数百。 代表的に、GMが保持し、Saab Automobileにライセンス供与された。  パテントファミリー数百。 Fordによって保持されたかまたはVCCに譲渡された。そして所有権なしで当事者にライセンス供与された。
2回目の売却時のキーとなる商標と関連する取引構造 Saabの商標とグリフィンロゴ(griffin logo)は元の所有者(Saab ABとScaniaそれぞれで)で保持され、Saab Automobileにライセンス供与された。 Volvoの商標およびロゴは、最初の売却以来、Volvo Trademark Holding ABが保持。 AB VolvoとVCCが共同所有するジョイントベンチャーを持つIP。
ライセンス契約での売り手企業にとっての焦点 中国市場での競争を制限する。 中国市場での競争を制限する。
2回目の売却結果 GMにとっては意図された成功、 Saab AutomobileとSpyker Carsにとっては失敗 Ford、VCC、およびGeelyにとっては成功(2013年1月現在)
2回目の売却結果の主な要因 買い手の限られた財務体質は、チェンジオブコントロール条項と組み合わせたこと。 GM側にSaab Automobileの事業に関連するインセンティブと個人的な関心の欠如。 売り手企業と売られる事業との間の競争。 慎重かつ有能な準備と事前の取引の構造化。 既得権益と交渉術を持つ交渉

表1ケース比較(Ove Granstrandら1 TABLE 1.「Case Comparison」より)

参考文献

  1. Ove Granstrand, Marcus Holgersson "Managing the Intellectual Property Disassembly Problem", California Management Review, Vol. 55, No. 4, Summer 2012, pp. 184-210
  2. 石川浩「ライフサイエンス分野の企業における研究・開発段階での特許使用について」(2007)No43, 特許研究 PATENT STUDIES
  3. ポール・ミルグロム、ジョン・ロバーツ(著)、奥野正寛、伊藤秀史、今井晴雄、西村理、八木甫(訳)「組織の経済学」(1997)NTT出版
  4. 西川雅史、金正勲「コモンズとアンチコモンズ:財産権の経済学」(2004.9)No.30, 会計検査研究
  5. 渡辺秀治「技術関連契約において必要とされる基本知識、ノウハウ」(2004)Vol.57 No.2, パテント2004, pp. 25-36
  6. 隅蔵康一「知的財産の協働的マネジメントにおける留意点」(2009)24, pp.426-429,年次学術大会講演要旨集
  7. 後藤晃、長岡貞男(編)「知的財産制度とイノベーション」(2003)東京大学出版会
  8. Nari Lee、田村善之、立花市子(訳)「標準化技術に関する特許とアンチ・コモンズの悲劇」(2006)Vol.11, 知的財産法政策学研究
  9. 平成17年度 特許庁産業財産制度問題調査研究報告書「「アンチコモンズの悲劇」に関する諸問題の分析報告書」(2006)Vol.11, 財団法人 知的財産研究所

マネジメントダイバー 第06回(その1) 2013.10.31