【第05回】組織のフラット化が意味するものは何か。単純ではないその真実
-その2「マネジャーへのインプリケーション」
最上位チーム構成の変化と意思決定
CEOらはまた、彼らに直接報告するポジションの種類の構成を劇的に変えました。最上位チームを構成するコーポレートスタッフ(または職能マネージャー)の数を劇的に増やしました。
C-スイート(C-suite)は、CHRO、CIO、および最高マーケティング責任者(CMO)を含む、特定の機能のための全社的な責任を持つ職能的な専門家によって、ますます人口が多くなりました。実際、20年間で平均して、CEOの管理の幅に追加された5つのポジションは、4つは、コーポレートスタッフ(または職能マネージャー)で1つだけがラインまたはゼネラルマネージャー(例えば、事業部マネジャー)でした。
これらの最上位ミックスの変更は、トップの意思決定について何を意味するのでしょうか?、彼らは意思決定を押し下げたのでしょうか?
全く逆です。エグゼクティブチームの構成が職能マネジャーへのシフトしたことは、組織がより集権化され、全社的な意思決定がトップで作られることを示唆しています。
つまり、最上位チームの構成の変化は、意思決定を押し下げることと反目し合って、トップで多くの意思決定をしていることを示唆しています。
また、CEOらは、企業の環境の変化に対応して、戦略と最上位チームの構造を変えていました。CEOらは彼らに直接報告するコーポレートスタッフのポジションの数を増やして、彼らは同時に多様化の程度を減らし情報技術に投資しました。
言い換えると、企業は多様化を減らし、自社のコア事業により集中しました。一つの解釈は、トップでより多くコントロールできる方向にシフトし集権化することによって、企業はますます関連する相互依存している事業全体のシナジー効果を追求したことになります。
コミュニケーションと情報技術のコストが劇的に下がるにつれて、全社的な職能マネージャーが事業全体の調整とそのシナジー効果を活用することが容易になりました。
長期インセンティブ給の増加と意思決定
主にストックオプションによって、CEOの給与が激しく増大することに関して、多くの議論がありました。一般的な上級管理職(職能マネジャー(CFO、リーガル、R&D、HR)と事業部マネジャー(DM)の両方)にも類似した傾向があります。
注目されるのは、多くの上級管理職への長期インセンティブ給(ストックオプション、制限付株式、パフォーマンスユニットを含む)の大幅な増加です。そして、職能マネジャーが経営陣に加わったことで、事業部マネジャーの給与が下がりました。この関係は、管理職能(例えば、財務、法務、人事)ではなく、本来、事業部マネジャー(例えば、マーケティング、R&D)の責任である活動を行う、”製品"職能マネジャーによって動かされています。
さらに、職能マネジャーが最上位に移動すると、彼らはより多くの報酬を受け取ります。 もし給与が意思決定権と相関しているとするなら、この知見は、事業部マネジャーの意思決定がより少なくなり、職能マネジャーはCEOへ近づくにつれて多くの意思決定をすることを示唆しています。
言い換えれば、最上位の職能マネジャーは、以前に事業部マネジャーが行っていた意思決定あるいはアクティビティを実行しており、フラット化として考えられるものと直接的に反目し合っています。つまり、意思決定を下位レベルの事業部マネジャーに押し下げる代わりに、フラット化された企業の最上位の職能マネジャーが全社的な職能アクティビティを実行しているということです。このことは集権化を示しています。
マネジャーへのインプリケーション
企業は、製品市場における競争の激化に対応して、すべての委任を示唆して事業部マネジャーのための高いインセンティブ給を採用しながらディレイヤしました。
しかし、CEOはまた、職能マネジャーを最上位チームに加わえ、同時に事業部マネジャーの給与を下げるという、 職能マネジャーによる最上位チームのミックスを変更しました。
「集権化」や 「分権化」の標準的な分類は、フラット化現象を説明するにはあまりにも単純過ぎます。企業は両方をやっています。 しかし、この新しい企業構造は、フラット化の普通の考えと反目し合っていて、トップでの意思決定とより一致しているようです。つまり、より上位レベルの職能マネジャーの監督を介し集権化された意思決定と、より下位レベルの事業部マネジャーの役割の減少を示していました。
経営の人的資本を統治する一般的な原則としては、ガバナンスの一つの構成要素を変更する場合、他の要素も同様に変更しなければならないということです。
内部統治の効果的なシステムには、相補的で整合する構成要素を必要とします。
例えば、事業部マネジャーに自律と自由度を与える相互依存関係の部門を持つ組織は、マネジャーが会社に利益をもたらす意思決定を行うことを保証するために、彼らの給与を、彼らの個々のサイロだけではなく企業の業績にリンクすべきです。また、自律を与える組織は、それを大切にするマネジャーを雇い、その後彼らの経営的な意思決定スキルを開発するために苦労すべきです。
最適な企業の業績を得るためには、簡単に言えば、意思決定における自由度は、企業ベースの業績給と自律性を大切にし意思決定に熟練しているマネジャーの選出はバンドリングされるべきです。
内部統治の道具(組織構造、意思決定権、経営人材、そしてインセンティブ設計)は、すべてうまく調和させるべきです。
つまり、フラット化された企業には、雇用、開発、モチベーション、およびマネージャーの意思決定を統治する別のシステムを必要とします。
そして、フラット化は単なる構造の変更ではありません。それは、CEOの役割、どのように意思決定をするか、そして経営インセンティブに影響を及ぼします。さらにその結果は、戦略、遂行、そして企業が価値を創造する方法に対して広範囲に及びます。
また、今日、企業にとって最も重要な資源の一つである、経営人的資本の内部統治にも影響を及ぼします。
(以上、Julie Wulf1 より)
【参考】組織デザインとしてのヒエラルキー設計論
組織論では、伝統的に階層数の多い組織を縦長の(tall)組織と呼び、階層数の少ない組織を、short(背の低い)組織と呼んできた。しかし、近年では、”short”という言い方ではなく、フラット(平ら、flat)な組織という言い方の方が普通に用いられている。
ヒエラルキーは何層でも積み重ねていくことができる。例えば、作業現場の労働者たちの上に監督が置かれ、その上に課長や部長、工場長、生産担当執行役員、社長などの階層が積み上げられる。このように階層を積み重ねていくと、非常に数多くの階層が積み重ねられる組織と、階層数の少ない組織とが生み出されてくる。
例えば、同一人数をヒエラルキーで結びつける場合、組織がフラットになるのか、縦長になるのかを分けるカギは、管理の幅(span of control)である。管理の幅とは、一人の管理者が管理する部下の数のことである。例えば、一人の課長の下に課長が5人いれば、ここでの管理の幅は、5である。あるいは、社長に直接報告義務を負う事業本部長クラスの人数が14人いれば、ここでの管理の幅は、14である。管理の幅は、以下のような条件の下で管理の幅は狭くなる傾向がある。
(1)例外の数が多いー標準化の程度が低く抑えられている場合、あるいは部下(組織ユニット)が直面する不確実性の程度が高い場合
事前に多くの事態を読み込み済みであり、その対応のためのマニュアルや手続き(処理プロセス)、訓練(インプット)、最低到達目標(アウトプット)の標準化が進められているのであれば管理の幅は広くなるはずである。しかし、事前に用意される標準化では現実の状況に完全には対処できないのであれば、出現する例外の頻度・数が増え、管理の幅は狭くならざるを得ない。
部下もしくは組織ユニットの仕事がしばしば例外に直面する場合、その分だけ多数の例外処理に上司は追われることになる。例外の源泉が、環境の複雑さや変動にあるのであろうと、組織メンバーの熟練が足りないところにあるのであろうと、例外が多く出現するほど管理の幅が狭くなる。
(2)例外の分析が難しいー部下(組織ユニット)の仕事が複雑な相互依存関係にある場合
部下たちが機能別分業を担っていて、相互に機能的な統合を必要とする場合と、部下たちが互いに平行分業の関係にある場合を考えてみればよい。平行分業の関係にある部下たちや組織ユニットを管理するのであれば、それぞれの業績評価指標(アウトプット側)の標準化を進めると、驚くほど管理の幅を広くとることができる。
相互に複雑な関係をもつユニットの場合、上司が管理できるユニット数は、5~6が限界だと一般に言われている。
(3)例外処理にかける資源が少ない-作業同期化のタイトさ、管理者の熟練不足、例外処理のためのサポート・スタッフの利用可能性
例外の数が多く、難しくても、その処理を行うための時間をゆっくりとれるのであれば管理の幅は広くとれる。しかし、自動車の生産ラインのように例外的な事態が発生してから1分以内に対応しなければならないというようなタイトに同期化された作業システムを動かしている時には、多数の難解な例外を同時に処理することは難しい。また、同程度に厳しい条件下で処理しなくてはならない例外処理でも、かなりの訓練を蓄積している管理者であれば対応できるかもしれないし、そのためのサポート・スタッフを追加で用意してもらえれば対応できるかもしれない。
時間や熟練やサポート・スタッフ等の資源を十分に投入できる場合には管理の幅は広がり、投入できなければ管理の幅は狭くとらざるを得ない。
一般的には、組織のフラット化が組織メンバーの自由度を増すかのように語られることが多いが、現実的には、多様なフラット化がありうる。つまり、組織メンバーの自由度が増大するフラット化も、組織メンバーの自由度が低下するフラット化も両方ありうる。
例えば、管理の幅を広げてフラット化を進める要因として、①組織メンバーの知識・熟練水準を高める、②標準化を進める、③管理職の能力を開発する、という三つの方法を考えてみる。
①の「組織メンバーの知識・熟練水準を高める」という方法は、より下位階層により多くの判断を任せるので(垂直分業の緩和)、いわゆる世間的にはやされている「フラット化」のイメージに近い。しかし、②「標準化を進める」と③「管理職の能力を開発する」は、必ずしも「フラット化」のイメージと一致しているとは言いがたい。例えば、マニュアルの完成度を高める(標準化を進める)ことで、上司による例外処理を減らす。この場合も組織階層は減ることが予想されるが、作業現場にいる人々からすれば、上司が考えて命令するという関係から開放されても、マニュアルから開放されず、行動の自由度は高まっていない。また、管理者の能力を開発する場合、上司の能力は高まっていても、部下の自由度は高まっていないので、むしろ管理者への権力の集中が進んだとさえいえるかもしれない。
(以上、沼上3の「ヒエラルキーのデザイン」(ヒエラルキーの設計ー管理の幅とフラットな組織)より)
" span of control "の訳については、沼上3は「管理の幅」としているが、伊藤2は「管理範囲」と訳している。Julie Wulf 1の研究は、どちらかというと、伝統的組織論よりも、管理会計論的組織論の研究に属するものなので、本稿では、伊藤の「管理範囲」を採用した。
参考文献
- Julie Wulf, "The Flattened Firm Not as Advertised", California
Management Review, Vol. 55, No. 1, Fall 2012, pp. 5-23
- ロバート・サイモンズ(著)、伊藤邦雄(監訳)「戦略評価の経営学」(2003)ダイヤモンド社
- 沼上 幹(著)「組織デザイン」(2004)日経文庫
マネジメントダイバー 第05回(その2) 2013.10.14