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Business Scientific Engineering


株式会社 ビジネスサイエンティア

マネジメント ダイバーMANAGEMENT DIVER



【第07回】自ら招いた産業の傷:システミック・リスクにどう対応するか。早期警告シグナルとペリカンギャンビット
-その3「リーダーは何をすることができるか?」

規制のバランスの必要性

ペリカンギャンビットは反競争的行動ではない
ペリカンギャンビットは、価格を固定し消費者に損害を与える反競争的行動のビジネス調整とは鋭く対称的です。残念なことに、政府は、規制や不法行為法を通じて公共の利益を保護するために、時々明確な業界内対話と反競争的提携を区別することに失敗します。業界の長期的な生存能力を維持するために協力すること、または金融危機やBP流出事故のような公共の悲劇を防ぐことは反競争的ではありません。また、規制機関がやシステミック・リスクが膨らむことをを回避するための全体の責任を担うことができる、あるいは担うべきであると信じることは考えが甘いです。歴史的には、規制機関は、業界の変化に後れを取る傾向にあります。

また企業が最終的な収益にフォーカスすることで産まれる近視眼(myopia*8 )は、さもなければ解決策を模索するかもしれない知識のあるインサイダーに対して強い力を及ぼします。課題は手遅れになる前に、業界内部の知識を一つの解決策結果としてもたらすことを許す業界ギャンビットを設計する方法です。

ビジネスリーダーの本音
法的機関はしばしば新生の新規のシステミック・リスクを規制することができないことが証明されています。非公式に、多くのビジネスリーダーは、その業界で疑わしい行動とシステミック・リスクのパターンを認識しています。私たちの調査データは、"慣行は、もし彼らが完全に外部に知られていたなら、びっくりさせるだろう自分の業界に存在する"ことを幹部の約70%が認めることを示唆しています、そしてほぼ同じ割合が、政府が自分の業界の複雑さを理解することができない "と信じています。

政府の理解と支援が不可欠

カナダの化学業界のリーダーたちの成功は、一つには、カナダ連邦政府が、カナダの化学産業の将来の方向性を決定するために、1983年にある調査を委託したことに起因しています。12の業界リーダーが政府の調査委員会の一員となり、このことが、将来の業界レベルのアクションの活性化を促しました。
経営幹部はしばしば、他の業界リーダーと、これらの問題に対処したいと望んでいますが、彼らはまた、すぐに個々の企業の内部と業界レベルの両方で訴訟の恐怖が、議論を開始するための強い障害となっていることを認めます。公然とリスクを認識することは、法廷法的措置につながります。業界での一般的慣行について話をすることは、反トラスト訴訟が起こる恐れがあります。ペリカンギャンビットが実施されるための最初の最も重要な前提条件の一つですが、政府は、業界がシステミック・リスクについて率直に話し、必要とあれば秘密情報を共有することを促すことを許可する必要があります。法改正(法的改革)での良いスタートは、社会に起こりうる業界レベルのリスクについての建設的な会話を促す法律を制定することでしょう。


*8 近視眼(myopia)
ある人が戦略を変更するときには、現在の戦略分布を所与として、それに対する最適な戦略の中の1つに変更するものと考える、これを近視眼という。人々が自分と同様に現在の戦略分布を所与として戦略を変えた場合には、周囲の戦略分布が変わることになるから、最適戦略が現在の戦略分布を所与とした最適戦略とは違ったものになるかもしれない。近視眼とは、そのようなことは考えないことを意味する。ただし、戦略分布が徐々にしか変化しない慣性が働く世界では近視眼的な行動も合理的でありうる。
(青木昌彦ら7「経済システムの比較制度分析」より)

リーダーは何をすることができるか

最初のステップは、様々なシステミック・リスクが任意の特定の業界に対してどれくらい深刻かを評価することです。
第2のステップは、裁判所と政府がシステミック・リスクを下げることができる、業界ベースのイニシアチブに対する論理的根拠を理解するのを助ける方向へ、ビジネスリーダーが協調して機能することです。同時に、業界のリーダーは、他者がその問題をどのように見ているかについて、情報収集することを開始する必要があります。続いて、業界の将来についてのシナリオ(例えば、協調行動を伴う伴わないという)が予測されます。さらに、ペリカンギャンビットを促進することを望むCEOは次のことが可能です。

  • 個々の企業、あるいは広く共有されている慣行が、方向転換のコントロールができないほどリスクにさらされているところの早期の兆候を探して下さい。長期的かつ広角的な視点からの問題のリフレーミングやシナリオプランニングだけでなく、スキャンニングと弱いシグナルの検出がここでは重要となります。
  • 危険な業界の規範、行動あるいは戦略に疑問を呈して、対抗するのに十分強力な有志連合を形成するために他の関連する業界リーダーを識別してください。このことは、ステークホルダー分析9だけでなく、協力ゲーム理論10も活用することになるでしょう。
  • 集合的目標(collective cause)を支援しながら、他の取り組みの少ないプレーヤーが自らの特定の目標に適合する方法で行動することをを促す戦略を考案してください。これには、創造性、黙認、巧みな駆け引き(horse trading)、そしていくつかの賢い長期の戦略を練ることが必要になります。
  • 他の企業によって妥当と考えられる最悪のシナリオに焦点を当ててください、そして、業界がそれらに対処することができる方法を決定してください。共同して複数のリスクと戦うことは、より深い相互依存性、伝染のダイナミクス、そしてすべてに対する負の副産物をハイライトすることを助けるでしょう。このことは、結果として調整された防御行動を促進させることができます。

今日、イノベーションの偏在は、スマートな業界リーダーが、古い戦略的優先順位を再考する必要があることを意味します。驚くべき技術の有望さは、ハードとソフトの両方で業界を魅了し、彼らにシステミック・リスクを見えなくさせる能力があります。私たちは、自分の企業を越えて考え、長期的視野を取る、そして必要なときに創造的にペリカンギャンビットを促進することができるリーダーを今日必要としています。

(以上、Thomas Donaldsonら1より)

*9 ステークホルダー分析
城山英明8、松浦正浩ら9が参考になる。

*10 協力ゲーム理論
非協力ゲーム理論では、戦略的に相手の出方を読み逢いながら、それぞれの個人がどのように意思決定をするかを定式化しようと試みるものであるのに対して、協力ゲームでは、かなり異なった問題の立て方をする。協力ゲームが扱うのは、拘束力のある契約を書くことができるような状況である。「拘束力がある」ということの意味は、一旦全員の合意が成立し、契約に全員がサインをすれば、各人に対してどのような行動も強制することができる、ということである。したがって、こうした状況では、「各人がどのように相手の出方を読んで、自らの行動を決めるのか」ということは問題でなくなり、むしろ、「最終的に契約を書くまでの話し合いで、どのような合意が成立するか」ということが分析の課題となる。この問題を解くために、協力ゲーム理論では、「全員が納得するような話し合いの結果とは、どんな性質のものでなければばらないか」ということを、いくつかの公理の形で定式化する。そして、そのような公理をすべて満たす解の存在条件や性質を調べるのが、理論の中心課題となる。
(神取道宏10「ゲーム理論による経済学の静かな革命」より)

【参考】利他主義と利己主義

生物の進化について説明する際に用いられる適者生存とか自然淘汰という言葉には、どうしても弱肉強食のイメージがつきものである。しかし、生物間でも協調行動があることは古くから知られている。たとえば、親(特に母親)の子供に対する自己犠牲的な行動は多くの生物に広く見られる。また、ムシクイという鳥はワニの口の中に入って寄生虫を食べるが、ワニは口の中に入ったムシクイを食べてしまったりはしない。自然界に見られるこのような協調行動の説明に多くの生物学者が挑戦してきた。

1つの説明は、各個体が種全体の存続を促す仕方で振る舞うような種のみが自然淘汰を生き残ってきたという群濁汰説である。しかし、群濁汰説では、仮にある集団が自己犠牲的な個体から成り立っていたとして、その中に他者のこうした自己犠牲を利用して生き延びる利己的な個体が発生した場合、利己的な個体が徐々に勢力を拡大していく可能性があることを無視している。また群濁汰説によれば、種の間の利己的な行為は当然と見なされるが、協調する種の単位がどのレベルであるのかについて説明することができないのである。

これに対して、 Dawkins(1989)は生物間に見られる利己主義も利他主義も遺伝子の利己主義(game selfishness)によって説明できると主張している。生命現象は遺伝子の自己複製的な過程であり、より多くの自己複製に成功した遺伝子が自然淘汰を生き残る。自己の存続の可能性を最大化することを利己的と呼ぶならば、遺伝子が利己的であるということは自然淘汰を認めることとほとんど同義であることになる。とすれば、個体レベルで見られる利己主義も利他主義も、その個体が自然淘汰の結果として存続した遺伝子を載せた生命体である限り、利己的な遺伝子の組合せによって作り出された行動と見なすことができるのである。

人間の行動がこのような遺伝子の影響をうけているかどうかはさておき、上の議論はわれわれが社会規範をどう捉えるべきかについて、ある観点を与えてくれる。社会に存在する規範はしばしば、人間が社会を維持していく際に不可欠なものとして説明される。しかしながら、たとえ、規範が社会を維持する機能を有していたとしても、それを守り慣習として根付かせるのは一人ひとりの個人である。規範が長期間にわたって社会の中で存在し続けるためには、人々がこの規範を守っていくだけの根拠がなくてはならないのである。そして、人々が規範を守り続けるのは、その規範を守ることが人々にとって利益になるからだと考えられるのである。その意味で、社会規範は個々の主体に利己主義を仮定することによって説明されるべきものであるといえよう、このような線に沿って、ゲーム理論を用いた社会の自生的秩序(spontaneous order)の生成を説明しようとする研究も近年行われている。

(以上、青木昌彦ら7「経済システムの比較制度分析」中のコラム「利他主義vs.利己主義」より)

参考文献

  1. Thomas Donaldson, Paul J.H. Schoemaker "Self-Inflicted Industry Wounds: Early Warning Signals and Pelican Gambits ", California Management Review, Vol. 55, No. 2, Winter 2013, pp. 24-45
  2. 杉田浩治「システミック・リスクの発生を如何にして防ぐか(SIFMA―米国証券業金融市場協会―の提案)」(2010)日本証券経済研究所
  3. Jay Abraham(著)金森重樹(監訳)「ハイパワー・マーケティング(Getting Everything You Can Out Of All You've Got)」(2005)インデックスコミュニケーションズ
  4. 田尾啓一(著)「リスク・ガバナンス(企業価値経営から持続的経営へ)」(2013)中央経済社
  5. 木島正明(著)「金融工学」(2002)日経文庫 日本経済新聞社
  6. Business Ethics Society at the University of Virginia:「Thomas Donaldson:Recap 」
    (http://besatuva.com/2013/02/20/tom-donaldson-recap/)
  7. 青木昌彦、奥野正寛(編)「経済システムの比較制度分析」(1996)東京大学出版会
  8. 城山英明「マルチステークホルダー合意形成と移行マネジメント」(2012)エネルギー持続性フォーラム 第7回公開シンポジウム「転換期をむかえたエネルギー利用とその地域的展開」講演資料(http://www2.ir3s.u-tokyo.ac.jp/esf/images/activity/symposium_20120206_shiroyama.pdf
  9. 松浦正浩、城山英明、鈴木達治郞「ステークホルダー分析手法を用いたエネルギー・環境技術の導入普及の環境要因の構造化」社会技術論文集, vol5, 12-23, Mar. 2008
  10. 神取道宏「ゲーム理論による経済学の静かな革命」(岩井克人、伊藤元重(編)「現代の経済理論」(1994) 東京大学出版会)
  11. 角皆宏、梅垣敦紀、青井久「第4回ゲームで遊ぶ(実験から始まる数学2)」上智大学社会人講座資料、(http://fe.math.kobe-u.ac.jp/KnoppixMath-doc/Sophia/jikken2/ )
    社会人講座資料ということもあって、ゲーム理論を平易に説明してくれています。またこの演習として使用する数学ソフト「KNOPPIX/Math」に収録されているゲーム理論ソフトの名前が、まさに「Gambit」のようです。「Gambit」単独も入手できそうなので、ご興味のある方は自己責任で楽しんでみてください。
  12. 濱田龍義「はじめてのKNOPPIX/Math」(2009)神戸大学
    (http://fe.math.kobe-u.ac.jp/KnoppixMath-doc/intro_math.pdf)

マネジメントダイバー 第07回(その3) 2013.12.08